東京高等裁判所 平成10年(行ケ)238号 判決 1999年11月25日
原告
株式会社明拓システム
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
内藤義三
同弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
1 特許庁が平成7年審判第5788号事件について平成10年6月15日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
主文と同旨の判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「エッジライトパネルの輝度向上手段」とする発明(以下「本願発明」という。)について平成2年3月6日に特許出願(平成2年特許願第54716号)をしたが、平成6年10月11日に拒絶査定を受けたので、平成7年3月22日に査定不服の審判を請求した。
特許庁は、これを平成7年審判第5788号事件として審理した結果、平成10年6月15日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年7月8日にその謄本を原告に送達した。
2 本願発明の特許請求の範囲(1)(別紙図面参照)
エッジライトパネルの一側表面に積層状に配置せしめた反射面を、密度0.80g/cm3にして反射率を97%とする高反射性の白色ポリエステル低発泡フィルムの発泡樹脂面としてなることを特徴とするエッジライトパネルの輝度向上手段。
3 審決の理由
別紙審決書の理由(一部)写しのとおり
4 審決取消事由
審決は、審決にいう先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)の技術内容を誤認した結果、本願発明は先願発明と同一であると判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)光反射率の概念について
光が対象物に当たって反射するときは、各波長において
反射光=入射光-透過光-吸収光 ……式<1>
の関係が成立する。そして、学術上用いられる意味での光の反射率(以下「学術用語としての光反射率」という。)は、入射光に対する反射光の比の数値であり、透過光と吸収光は最小でもゼロであって、マイナスにはなり得ないから、学術用語としての光の反射率が100%を越えることはあり得ない。
ただし、入射光に波長400nm以下の近紫外線(不可視光)が含まれ、かつ、対象物に蛍光増白剤が含まれている場合には、対象物は近紫外線を吸収して400nm~450nmの蛍光(可視光)を発生するので、この範囲の波長(400nm~450nm)については
反射光=入射光-透過光-吸収光+蛍光 ……式<2>
の関係が成立することになる。その結果、入射光,反射光として可視光(400nm~700nm)だけを取り上げると、光の反射率が100%を越えることがある(以下「みかけの分光反射率」という。)。
しかし、光の反射とは、学術上、「光が媒質の境界面に入射するとき,その単色光成分の振動数を変えずに,光が入射側に戻る現象」(甲第9号証参照)であるから、蛍光増白剤が近紫外線を吸収して発生する蛍光は、本来の意味の反射光には該当しない。したがって、本来の意味の反射光ではない蛍光を反射光の一部として計算されているみかけの分光反射率は、学術用語としての光反射率とは技術的意義を異にする概念である。
(2)取消事由1(反射率算出に関する誤り)
審決は、先願発明の実施例のポリエステルフィルムが白色度が105%を示すことを論拠とし、式<1>を援用して、同フィルムの光反射率は105%である旨認定したうえ、先願発明は光反射率97%のフィルムを実質的に含んでいる旨判断している。
審決の上記認定が、式<1>を援用し、式<2>を援用していない以上、審決がみかけの分光反射率を求めていると解する余地はなく、得られた光反射率は学術用語としての光反射率と解するほかない。しかるに、学術用語としての光反射率が100%を越えることがあり得ないことは前記のとおりであるから、審決の上記説示は明らかに誤りである(仮に、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムについてみかけの分光反射率を求めているとするならば、式<1>を援用してなされた計算方法には明らかな誤りがあることになる。)。
審決は、上記説示のほかには、先願発明が光反射率97%のフィルムを実質的に含んでいると判断する根拠を示していないから、本願発明は先願発明と同一であるとした審決の判断は理由説示を欠くものであって、違法である。
(3)取消事由2(光反射率の意義についての認定の誤り)
本願発明の特許請求の範囲に記載されている反射率は、特別の限定がされていない以上、学術用語としての光反射率と解すべきことは当然である。一方、みかけの分光反射率が学術用語としての光反射率とは技術的意義を異にすることは前記のとおりである。
したがって、仮に審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムについてみかけの分光反射率を求めたものとすると、審決は、技術的意義が異なるものを単純に対比して、本願発明は先願発明と同一であると判断したことになるから、誤りである。
(4)念のため付言すると、審決は、先願発明の実施例のポリエステルフィルムのB(波長450nmのときの光反射率)とG(波長550nmのときの光反射率)はほぼ同じであり、白色度と同じく105%であるという趣旨を説示している。
しかしながら、蛍光増白剤が近紫外線を吸収して発生する蛍光は波長400nm~480nmに集中し、波長550nmにはほとんど存在しないから、Gをみかけの分光反射率と解する余地はなく、Gは学術用語としての光反射率と考えざるを得ない。そうすると、審決の上記説示は、学術用語としての光反射率が105%である旨を説示していることになるのであり、これが背理であることは前記(1)のとおりである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 光反射率の概念について
原告は、学術用語としての反射率とみかけの分光反射率とは技術的意義を異にする旨主張する。
しかしながら、光の反射率とは、「2つの媒質の境界面で反射する光のエエルギーと入射する光のエネルギーの比」(甲第4号証・理化学辞典参照)、あるいは「反射光の放射束又は光束φr と入射光の放射束又は光束φi との比」(甲第9号証・JIS-Z8120(光学用語)参照)である。そして、蛍光増白剤が発生する蛍光はエネルギーの放出であるから、みかけの分光反射率も光の反射率にほかならず、ただ、その値が100%を越えることがあるというにすぎない。現に、乙第2,3号証においても、100%を越える反射率は、単に「Reflectance 」あるいは「反射率」と表示されており、「みかけの分光反射率」とは表示されていない。
2 取消事由1(光反射率算出に関する誤り)について
原告は、先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率は105%である旨の審決の認定が、式<1>を援用し、式<2>を援用していないから、得られた光反射率は学術用語としての光反射率と解するほかない旨主張する。
しかしながら、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムには蛍光増白剤が含まれていることを説示している以上(審決4頁17行,18行)、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率として認定した値が原告のいうみかけの分光反射率であることは明らかであって、式<1>は、式<2>の「+蛍光」の部分を省略した近似式として援用されているにすぎないのである。
したがって、原告の、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率として認定した値は学術用語としての光反射率と解するほかないから、これが105%であるとした審決の説示は誤りである旨の主張は失当である。
3 取消事由2(光反射率の意義についての認定の誤り)について
原告は、本願発明の特許請求の範囲に記載されている反射率は学術用語としての光反射率であるから、仮に審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムについてみかけの分光反射率を求めたものとすると、審決は、技術的意義が全く異なるものを単純に対比して、本願発明は先願発明と同一であると判断したことになる旨主張する。
しかしながら、みかけの分光反射率も光の反射率にほかならないから、本願発明の要件である光反射率を学術用語としての光反射率に限定すべき理由はない。現に、本願発明の唯一の実施例であり、本願発明の要件である光反射率の数値を特定する根拠となっている「反射シート16」は、「東レ株式会社新規開発フィルムロットナンバー010805207」(平成5年10月29日付け手続補正書10頁19行ないし11頁3行参照)であって、このフィルムには蛍光増白剤が添加されているのである(乙第12号証参照)。
のみならず、そもそも光の反射率の概念が前記1のとおりである以上、学術用語としての光反射率とみかけの分光反射率とは技術的意義が異なるものではないから、原告の上記主張は失当である。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲(1))及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 甲第2号証の2(前掲手続補正書)及び第7号証(図面)によれば、本願発明の概要は次のとおりである(別紙図面参照)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、液晶バックライト等の面光源装置に用いられるエッジライトパネルの輝度向上手段に関するものである(手続補正書添付の明細書2頁1行ないし4行)。
エッジライトパネルは、光透過性が良好な透明樹脂基板の一方の表面に乱反射面を、他方の表面に反射面を配置し、蛍光灯等の光源から入射光を供給して発光照明するものである(同2頁6行ないし18行)。
しかしながら、面光源装置をコンピュータ等の電子機器に内蔵したり、これをカラーテレビジョン受像機等に用いるためには、エッジライトパネルの輝度を飛躍的に向上する必要がある(同3頁12行ないし4頁8行)。
本願発明の目的は、エッジライトパネルの輝度を可能な限り向上する手段を提供することである(同4頁9行ないし12行)。
2 構成
上記の目的を達成するために、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(同1頁5行ないし10行)。
3 作用効果
本願発明によれば、極めて簡単かつ確実な構成にもかかわらず、高輝度の面光源装置を得ることが可能である(同19頁14行ないし20行)。
第3 以上を前提に、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 光反射率の概念について
原告は、蛍光増白剤が近紫外線を吸収して発生する蛍光は本来の意味の反射光に該当しないから、蛍光を反射光の一部として計算されているみかけの分光反射率は学術用語としての光反射率とは技術的意義を異にする概念である旨主張する。
これに対して、被告は、光の反射率とは「2つの媒質の境界面で反射する光のエネルギーと入射する光のエネルギーの比」あるいは「反射光の放射束又は光束φr と入射光の放射束又は光束φi との比」であって、蛍光増白剤が発生する蛍光はエネルギーの放出であるから、みかけの分光反射率も光の反射率にほかならない旨主張する。そこで、まずこの点を検討する。
甲第9号証によれば、JIS-Z8120(光学用語)の「A24」には、反射は「光が媒質の境界面に入射するとき,その単色光成分の振動数を変えずに,光が入射側に戻る現象」、「A26」には、反射率は「反射光の放射束又は光束φr と入射光の放射束又は光束φi との比」と定義されていることが認められる。
A26にいう「反射光」が、A24にいう「反射」の概念を前提とすることは当然であり、A24にいう「振動数」とは波長(の逆数)のことであるから、学術用語であるA26の反射率の定義における「反射光」は、入射光と波長の異なるものを含まないことが明らかである。これに対して、近紫外線の波長と可視光である蛍光の波長が異なることも当然であるから、蛍光増白剤が近紫外線を吸収して発生する蛍光はA26にいう「反射光」に該当せず、したがって、そのような蛍光を反射光の一部として計算されている分光反射率は、学術用語としての反射率とは技術的意義を異にする概念というべきである。
被告は、光の反射率とは「2つの媒質の境界面で反射する光のエネルギーと入射する光のエネルギーの比」あるいは「反射光の放射束又は光束φr と入射光の放射束又は光束φi との比」であることを認めながら、その値が100%を越えることがある旨主張するが、明白な誤りである。被告も認めるこれらの定義から100%を越える光反射率を得ることは不可能である。蛍光増白剤により蛍光が発生する場合に100%を越える数値が得られるのは、入射光についても反射光についても、その全部ではなく、特定の目的のために、その中の可視光だけを選択して取り出して計算しているからにすぎず、そこでは、被告も認める上記反射率の定義は用いられていないのである。
2 取消事由1(反射率算出に関する誤り)について
審決は、先願発明の実施例のポリエステルフィルムが白色度が105%を示すことを論拠とし、式<1>を援用して、同フィルムの光反射率は105%である旨認定している。式<1>が学術用語としての光反射率に当てはまり、みかけの分光反射率に当てはまらないことは技術的に明らかであるから、審決が認定した先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率は、学術用語としての光反射率とならざるを得ない。
この点について、被告は、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムには蛍光増白剤が含まれていることを説示している以上、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率として説示した値がみかけの分光反射率であることは明らかであって、式<1>は、式<2>の近似式として採用援用されているにすぎない旨主張する。
しかしながら、審決には、式<1>が式<2>の近似式として採用されている旨も、どのような意味において式<1>を式<2>の近似式として採用し得るのかも、何ら説示するところがない。また、対象物に蛍光増白剤が含まれ、蛍光が発生している場合であっても、学術用語としての光反射率を求めることがないとはいえないのであるから、単に先願発明の実施例のポリエステルフィルムには蛍光増白剤が含まれていることを論拠として、審決が先願発明の実施例のポリエステルフィルムの光反射率として認定した値がみかけの分光反射率であると解することもできない。
しかるに、学術用語としての光反射率が100%を越えることがあり得ないことは技術的に明らかであるから、先願発明の実施例のポリエステルフィルムについて、その学術用語としての光反射率が105%であるとした審決の認定は誤りであり、この認定を前提としてなされた、先願発明は光反射率97%のフィルムを実質的に含んでいるとの判断も誤りである。
そして、審決には、上記認定のほかには、先願発明が光反射率97%のフィルムを実質的に含んでいると判断する根拠が示されていないから、本願発明は先願発明と同一であるとした審決の判断は理由説示を欠くものであって、違法である。
第4 以上のとおりであるから、本願発明は先願発明と同一であるとした審決は、原告のその余の主張について検討するまでもなく、違法なことが明らかであって、取消しを免れない。
よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年11月9日)
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
<省略>